高齢者の食欲不振による老衰は、国内の三大死因の一つです。現在、日本では年間10万人以上の高齢者が老衰で最期を迎えています。医学書では老衰という言葉は、高齢者で他に記載すべき死亡の原因がない場合に使われています。
理想の亡くなり方を問われると、多くの方が「寿命で死にたい」「自然死」を選択しています。つまり老衰です。大多数の人が、安らかに眠るような穏やかな最期をイメージしていますが、果たして老衰の現状は本当に幸せな最期なのでしょうか。
老衰で亡くなる高齢者の大半が、はじめに食欲不振を訴えるといわれています。最期を見届けた家族には、「日に日にやせ細っていく姿を見ながら施す手がない」「今までとても元気だったのに突然力をなくし釈然としない」「まるで木が枯れていくような印象」と辛いエピソードを語る方が多いのも確かです。
中には50代で、高齢者の老衰と全く同じ症状で亡くなる人もいます。しかし、同じ症状の50代には死因で老衰という言葉は使われません。
老衰で亡くなる。その現実はどういうものなのでしょうか。ただ見届けるのではなく、解決方法はあるのでしょうか。詳しい老衰の現状と共に、向き合い方を考えていきましょう。
高齢者の食欲不振による老衰死が増えている理由
高齢者の老衰による死亡件数は年々増加傾向にあり、10年前と比較して約3倍増加しています。要因の1つに、死生観の変化があるとされており、近年では延命措置を行うより自然に最期を迎えたいと希望する人が増えています。
老衰で最期を迎える高齢者の大多数がはじめに食欲不振を訴えています。老衰というと徐々に食が細くなり眠る時間が長くなるイメージなどがありますが、今まで元気に食事をしていた人が突然食欲不振を訴えるケースもあります。あまり突然なので家族は医療機関を受診して点滴などによる栄養摂取を試みますが、延命措置の懸念から点滴や精密検査すら断ってしまう高齢者もいます。
自然な最期というと、高齢者が食欲不振により老衰し、死に至るイメージが強いですが、死亡の原因が特定できないことによって老衰と判断される例も多くあるようです。
食欲不振を訴えているからと、点滴などで無理に栄養補給や水分補給をしてしまうと、むくみが出たり、痰が多くなったり、体に負担がかかることもあります。「点滴による栄養摂取や延命措置も無意味ではないが、少しでも長くいきて欲しいという思いが本人に負担をかけている可能性があるということを忘れないで欲しい」と助言する医師や専門家は年々増えています。
一方、長期にわたって診てきた高齢者なら健康状態の変化や病歴も把握できているので適切な判断をすることができるが、さほど深く関わっていなかった高齢者の場合、治療可能な疾患を見逃したのではないか、救える命ではないのかと、老衰の判断に拭えない思いを抱えている医師や家族もいます。
離れて暮らしていると高齢者が食欲不振を訴えてもどのような経緯でそのような状態になったのか詳しい状況を把握することができません。もしかしたら老衰ではなく、単純に自炊に無理があったり、高齢者に適した食生活ではなかったことが原因となっていたかもしれません。
高齢者の老衰死が増加している現状には、高齢者が社会から孤立していること、家族と離れて暮らす高齢者の増加、などの問題も抱えているといえるでしょう。
延命治療を緩和して自然死や寿命を受け入れる意思を尊重することは大切ですが、それに囚われてしまうと見るべき現実を見逃してしまいます。変化しやすい高齢者の健康維持をこまめにサポートしていくことも重要です。
なぜ高齢者になると食欲不振になり老衰してしまうのか
高齢者は年齢を重ねるにつれて体内の細胞数が減少していきます。それが原因で栄養素を吸収する小腸の組織が機能低下、咀嚼や飲み込む際に必要とする筋力が低下してしまいます。
咀嚼機能や嚥下機能(食べ物を飲み込む機能)が低下することで、食事に疲労感を感じてしまうなど、今まで楽しみだったことが苦痛と感じることで食欲不振に陥ってしまうことがあります。
また、体が十分に栄養を補給できなくなっている状態だと食事をしても体重減少が続きます。苦労をして食べても元気にならないなら食事を取らない方が楽だと感じてしまうなど精神的にも衰弱が食欲不信へとつながり老衰の症状がひどくなっていくこともあります。
細胞が老化すると「炎症性サイトカイン」という免疫物質が体内に大量発生します。この物質が分泌されると臓器に炎症が発生し、機能が低下してしまいます。筋肉に炎症が起これば運動機能が衰え、食事することはもちろん体を動かすことすら難しくなります。食欲不振はそういった免疫物質が発生したことによる初期症状と考えることもできるでしょう。
高齢者が延命措置をせず自然死を求めるというのは、徐々に食欲が落ち、緩やかに最期へ向かっていく印象がありますが、中には今まで大病を患ったことがない健康的な高齢者も食欲不振により急激に老衰、わずか3週間で死にいたってしまうケースもあります。医療機関を受診し、食欲不振を引き起こしている本当の原因は何か把握することも大切です。
一時的な医療措置で健康状態が改善されるのなら良いですが、身体全体に老化傾向が現れ機能が低下したのちに食欲不振を訴えている場合もあります。お互いに残された時間を大切にするためにも、無理に延命治療をすることなく本人の意思に合わせて最期を見届けていくことも必要でしょう。
高齢者の食欲不振を改善して老衰を防ぐには
前章で述べたように身体全体として老化傾向にある中で食欲不振になった場合は、老衰と判断されることが多いですが、身体は元気なのに食欲がない場合は症状を改善することもできます。
老化による機能低下以外に食欲不振となる要因は、不規則な食生活や便秘、水分不足、運動不足、精神的負担などがあります。
高齢になると自然と食事量が減っていきます。今までのように水分補給をしていても食材からの水分摂取が不足し、脱水症状を引き起こしてしまうことがあります。
脱水症状を引き起こすと腸内の活動が低下し、空腹感を感じなくなるなど食欲不振につながってしまいます。こまめに水分補給をする習慣を身につけたり、少量の食事であっても栄養バランスのとれた食事をとったりと、細やかな気配りが大切です。野菜やヨーグルトなどを取り入れ善玉菌を増やすことで腸内を活性化させるのも効果的でしょう。
また、活動量が少ない高齢者は食欲不振に陥りやすいといわれています。身体を動かしエネルギーを消費することで、脳のセンサーが刺激され空腹信号を発します。食事を取らないと老衰につながってしまうからと無理に食事を強要するのではなく、運動不足を解消するよう簡単な体操をすすめるなど、食欲を促進する工夫が必要です。
食事がストレスになってしまうとさらに食欲不振が深刻化してしまいます。食事を強要しないことばかり意識してしまい、空腹感を感じてから食べるという習慣がついてしまうことがありますが、これは高齢者にとってあまり良いことではありません。
不規則な食生活は、食事内容にムラが生じ栄養バランスが偏ってしまいます。多少の時間のずれは気にしないとしても、規則正しく食事の時間帯を設ける必要があります。高齢者が食事の時間までに空腹を感じるなど食欲促進の症状が見える場合は、間食として捕食を設け楽しむようにしましょう。
高齢者の食欲不振を改善し老衰を防ぐためには、食事の面だけに注目せず、総合的に生活環境や健康状態をサポートしていくことが大切です。
高齢者が食欲不振で老衰しないための工夫
前章では、高齢者が食欲不振で老衰しないためには、総合的な健康管理が大切とお話致しましたが、食事の面でも工夫できることがあります。
例えば、できる限り高齢者一人で食事をせず、誰かと一緒に食事をとったり、料理を作るときの音や匂いなどで食欲を刺激したり、本来の食に対する楽しさを引き出していくことも大切です。
高齢者になると、食べやすく柔らかいものを調理するなど、個別で食事が用意されるため、家族と暮らしていても食事のタイミングが合わず、一人で食べることが多くなってしまいます。介護食は調理が難しく、あらかじめ用意されたものを温めて出すことも多くなり、料理を作る音や匂いで五感を刺激する機会が減ってしまうのも確かです。
個別で用意された食事をとる場合でも、他の家族と一緒に食事をすることで食事の時間が楽しくなったり、他の料理の匂いで五感が刺激され食欲が促進されたりすることで食欲不振を緩和することができます。
その他、たくさんの量を一皿で出してしまうのではなく、少量ずつ小分けにして見た目の圧迫感をなくしたり、美味しくないと感じやすい減塩調理も旨味や酸味の活用や調理方法を多様化するなどの工夫をしたりすることで食欲不振を回避することができます。
医療にばかり頼るのではなく、楽しい生活環境をつくっていくことで、高齢者の食欲不振を緩和することができます。高齢者が孤立しないようサポートしていくことで早期の老衰を防いでいきましょう。
おわりに
高齢者が老衰してしまうことには、食欲不振以外に様々な要因があります。
高齢者やその家族共々、最期に心残りがないよう真摯に向き合っていくことが大切です。
ポイントは以下の4つです。
高齢者の老衰死の増加は食欲不振に限らず死生観の変化も影響している
高齢者の身体的機能低下によって食欲不振を引き起こし老衰する
高齢者の食欲不振を改善し老衰を防ぐには総合的な健康管理が大切
楽しい生活環境をつくることで食欲不振を緩和、高齢者の老衰を防止する
高齢者の老衰死が増加している要因は、死生観の変化によって延命措置を行わなくなっただけではありません。高齢者が社会や家族から孤立したことにより、細かい健康管理ができなくなったことや生活習慣の乱れが食欲不振を引き起こし、死へとつながってしまうこともあります。
医療機関に頼るばかりではなく、生活環境を整えたり、孤立しないようコミュニケーションの機会を増やしたりと、総合的なサポートをしていきましょう。